大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(行ウ)356号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  原告の請求

被告がした原告の平成三年四月二五日付け土地家屋調査士登録申請を拒否する旨の処分を取り消す。

第二  事案の概要

一  被告は、原告が平成三年四月二五日付けでした土地家屋調査士名簿への登録申請(以下「本件申請」という。)に対し、申請の日から三月が経過しても何らの処分をしなかつたため、土地家屋調査士法(以下「法」という。)八条の三第二項により、本件申請に係る登録を拒否する旨の処分(以下「本件処分」という。)をしたものとみなされるところ、原告が、本件処分には登録拒否事由がないのに登録を拒否した違法があるとして、その取消しを求めたのが、本件訴訟である。

二  以下の事実は当事者間に争いがない。

1  原告は、昭和三六年一一月、土地家屋調査士試験に合格し、昭和三七年七月七日、土地家屋調査士名簿に登録を受け、岡山県土地家屋調査会に所属して、土地家屋調査士(以下「調査士」という。)としての業務を行つていた。

2  原告は、昭和五四年九月一八日、岡山裁判所において、詐欺、偽証、公正証書原本不実記載及び同行使の罪により、懲役二年六月、執行猶予四年の有罪判決を受け、この判決が昭和五五年五月七日確定した(以下、右有罪判決に係る刑事事件を「第一事件」という。)ため、同月二九日、調査士の登録を取り消された。

3  原告は、昭和五八年六月二二日、広島高等裁判所岡山支部において、有価証券偽造教唆、有印私文書偽造及び同行使、公正証書原本不実記載及び同行使の罪により、懲役一年一〇月に処する旨の有罪判決を受け、この判決が昭和五九年二月一七日に確定した(以下、右有罪判決に係る刑事事件を「第二事件」という。)ため、第一事件の執行猶予を取り消され、同年三月一五日から右の二つの有罪判決に係る刑の執行に服した。

4  原告は昭和六一年一一月二〇日仮釈放され、原告に対する刑の執行は昭和六三年二月一三日に終了したものとされたところ、原告は、平成三年四月二五日、愛知県土地家屋調査士会を経由して、被告に対し、本件申請をした。

原告は、本件申請の時点において、刑の執行の終了からすでに三年が経過しており、法四条各号所定の欠格事由は存在しなかつた。

5  被告が本件申請から三月を経過しても申請に対する処分をしなかつたので、原告は、平成三年八月二一日、法八条の三第二項に基づき、本件処分がされたものとして、法務大臣に対し審査請求をしたが、法務大臣は、平成五年一二月一三日、原告には法八条一項三号所定の登録拒否事由が認められるとして右審査請求を棄却する裁決をした。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点

土地家屋調査士名簿への登録申請があつた場合において、被告は、申請をした者が「調査士の信用又は品位を害するおそれがあるときその他調査士の職責に照らし調査士としての適格性を欠くとき」(以下「本件登録拒否事由」という。)に該当すると認めたときは、その登録を拒否しなければならないとされているところ(法八条一項三号)、本件の争点は、原告につき本件登録拒否事由が認められるかどうかである。

2  被告の主張

(一) 原告は、第一事件及び第二事件に係る犯罪を犯した当時、調査士や司法書士の登録をして登記手続にかかわる業務を行つていたが、同時に金融業等を営む有限会社乙山(以下「乙山」という。)、有限会社丙川商事(以下「丙川商事」という。)、有限会社甲野企業(以下「甲野企業」という。)の経営も行つていた。

(二) 原告が犯した第一事件に係る犯罪は次のとおりである。

(1) 金融業の業務に関連して、昭和五〇年一〇月、貸金の譲渡担保として丙川商事名義に所有権移転登記を受けていた不動産につき、債務者から返済の連絡を受けていたにもかかわらず、ことさらに第三者名義による強制競売申立手続とその登記を行つた上で、それを秘して債務者から返済金を受け取つて現金を騙し取つた詐欺の罪

(2) 昭和五一年七月、岡山地方裁判所において、公正証書作成嘱託の委任状の作成経過について虚偽の証言をした偽証の罪

(3) 司法書士及び金融業の業務に関連して、昭和五一年九月、融資申込みの直後にその申込者から申込みの撤回があつたにもかかわらず、担保権設定のために申込者から預かつていた登記申請のための書類を勝手に使用して、乙山名義の虚偽の所有権移転登記及び根抵当権設定登記を経由した公正証書原本不実記載及び同行使の罪

(三) 原告が犯した第二事件に係る犯罪は次のとおりである。

(1) 金融業の業務に関連して、昭和五三年三月から昭和五五年一月にかけて一〇回にわたり、合計八名の融資申込者を教唆して、貸金の担保とするために、申込者の親戚ら延べ六五名の振出名義の約束手形を偽造させた有価証券偽造教唆の罪

(2) 司法書士及び金融業の業務に関連して、債権の担保として乙山や甲野企業が設定登記を受けていた抵当権設定仮登記等につき、前後九回にわたり、原告を受任者とする延べ二五八名の架空の第三者名義の委任状を偽造して登記申請を行い、それぞれ二八名ないし三〇名の架空の第三者への右仮登記の移転登記等を経由したという有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載及び同行使の罪

(四) 調査士は、不動産の表示登記手続に関する業務を取り扱うのであり、業務を公正かつ誠実に行う職責を負うものとされている。しかるに、原告は、その有する法律知識を悪用し、反復して右(二)及び(三)の犯罪(以下「本件犯罪」という。)を犯したものであり、その犯罪の内容も、委任状を偽造して虚偽の登記申請をするなど、不動産登記制度が国民の財産に関して果たす重要な役割についての認識を著しく欠くものといわざるをえない。

本件犯罪は、直接には調査士業務に関連して行われたものではないが、調査士の職責や右犯罪の重大性に照らせば、犯罪時から長年が経過し、その間に格別の非行がないとしても、原告が調査士の信用又は品位を害するおそれがなく調査士としての適格性を有するというためには、原告において本件犯罪を真に反省し、そのような犯行を繰り返すおそれのないことが確実であるといえるような事情が認められることが必要である。

ところが、原告は、本件処分当時においても、なお、金融業を目的に含む会社四社の代表者となつており、また、本件申請の直前まで金融業に携わつていたことからすると、原告の金融業を廃業する確実で持続的な意思が客観的に明らかではなかつたというべきであるし、しかも、原告は、本件犯罪について独自の論理をもつてその正当性を主張するなど、未だ本件犯罪について真に反省しているとは到底認めることができなかつた。

したがつて、原告には、本件処分当時において、本件登録拒否事由があつたというべきであるから、本件処分は適法である。

3  原告の主張

(一) 第一事件の犯行当時における乙山及び丙川商事の代表者は、会社の大口の出資者であつた原告の父親の甲野松夫(以下「松夫」という。)で、犯罪事実に係る登記手続もすべて松夫が行つたものであり、原告は、それら会社の実質的な経営者ではなかつたが(原告をそれら会社の実質的経営者とする有罪判決の事実認定は誤りである。)、その当時司法書士であつたことから松夫を補助者とせざるをえず、罪をかぶつたものである。

(二) 第二事件の犯罪は、第一事件の判決確定前に行われたものであり、第一事件の犯罪と併合罪として処理することも可能なものであつたし、一件を除き、被害弁償の交渉による示談が済んでおり(原告は示談できなかつた一件についても損害額四〇万円の供託を行つた。)、偽造に係る手形を暴力団関係者等に交付して悪質な取立てを行うなどということまではしておらず、第二事件についても原告に刑の執行を猶予することが可能な情状にあつた。第二事件の控訴審判決においては、原告の反省の度合や犯罪の被害の回復という事情が考慮され、一審の二年六月という宣告刑が一年一〇月まで減軽されている。

(三) 原告は、昭和五五年五月以後は、乙山、丙川商事、甲野企業まで行つていた貸金業務を止め、それまでの貸金の回収業務のみを行い、昭和五八年一一月一日に貸金業の規制等に関する法律が施行された後も貸金業の登録は行わずに金融業から手を引いているのであつて、原告が本件処分当時においても金融業に関与していたかのようにいう被告の主張は事実と異なる。なお、原告の長男の甲野一郎が代表者となつている有限会社乙野経済センターは金融業の届出をしていたが、同人の性格に合わないことから、平成三年三月二七日にはその廃業届を提出している。

(四) 原告は、仮出所した後の昭和六三年から、株式会社甲野総合事務所(平成元年に株式会社丁原設計に商号を変更した。以下「丁原設計」という。)の経営に携わつている。丁原設計の主たる業務は、産業廃棄物最終処理場に関する測量、設計、各種許可・届出手続等を含むコンサルタント業務であり、一件の業務報酬額は多額であり、約一〇名の従業員に業務を行わせ、年平均七〇〇〇万円から八〇〇〇万円の利益をあげている。

(五) 以上からすれば、被告は、すでに犯罪時から一一年(仮出所後五年)が経過しているにもかかわらず、調査士業務に関連して犯されたのではない本件犯罪を必要以上に重くみたうえ、原告が金融業を廃業して丁原設計でのコンサルタント業務を真面目に行つていることを評価することなく、原告の信用や品位を問題にし、原告について本件登録拒否事由があると判断したものであり、その判断は、法八条一項三号の解釈適用を誤つた違法なものといわなければならない。

第三  争点に対する判断

一  本件犯罪の態様及び有罪判決後の原告の生活状況について

1  前記争いのない事実と、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和一〇年九月七日生まれで、昭和三六年一一月土地家屋調査士試験に、昭和三八年一〇月司法書士試験にそれぞれ合格し、昭和三七年七月以降調査士業を、昭和三九年四月以降司法書士業をそれぞれ岡山市内で開業したが、昭和四六年一〇月ころ以降、それら業務の傍ら個人で金融業を営むようになり、その後、乙山、丙川商事、甲野企業のほか、有限会社戊田企業、有限会社甲田商事、有限会社甲野商事を設立した。右会社の役員はいずれも原告の親族で占められていたが、それらの会社を実質的に支配していたのは原告であつて、代表取締役として商業登記されていた松夫は名目上の代表者にすぎなかつた。それらの会社は「甲野グループ」ともいうべき企業集団であり、そのうち乙山は金融部門を、甲野企業は不動産部門を主として担当する会社であつた。

(二) 原告は、金融業を行うに当たつては、利息制限法の制限超過利息を回収する目的で、貸付けに際し元金の一割を諸費用として天引きするほか、甲野企業との間で売買契約書や債務引受契約書を作成させ、甲野企業宛てに、借主振出の約束手形あるいは借主の親戚や隣人の振出名義の約束手形を差し入れさせるという方法を講じていた。

(三) 原告は本件犯罪を犯したものであるところ、その概要は別紙一及び二のとおりである。

原告は、第一事件において、別紙一1の犯罪事実につき、四〇〇万円は一時的に預かつただけであつて不法領得の意思がなく、別紙一3及び4の犯罪事実につき、貸金の申込みが撤回されても登記手続を委任した委任状は有効であり、虚偽の登記手続をしたことにはならず、さらには、乙山や丙川商事の経営者は名実ともに松夫であつて原告ではないなどとして、無罪を主張していたが、第一審は、昭和五四年九月一八日、別紙一1ないし4の犯罪事実を認定して、原告を懲役二年六月に処し刑の執行を四年間猶予する旨の有罪判決を宣告し、控訴審においても、昭和五五年三月二六日控訴棄却となり、昭和五五年五月七日上告取下げにより有罪判決が確定した。

(四) 原告は、第二事件の第一審においては、乙山や甲野企業などの企業グループの実質的経営者が原告であることを自ら認めていたところ、別紙二1ないし10の犯罪事実につき、偽造手形を行使する目的がなく原告には責任がないとし、別紙二11ないし19記載の犯罪事実につき、いずれも実在人の承諾を得て仮名で登記したもので、仮名による登記も法の明文で禁止されているわけではないなどとして、やはり無罪を主張していたが、昭和五七年二月二六日、別紙二1ないし19の犯罪事実に基づき懲役二年六月に処する旨の実刑判決を受けた。

原告は、第二事件の控訴審においては、新たに弁護人に選任した高木尊之弁護士の弁護方針に従い、第一審の有罪判決が認定した犯罪事実を争わず、犯行に至る原因ともなつた金融業を将来にわたつて廃業することを裁判所に表明したうえ、被害弁償や虚偽の登記の抹消手続を行つた結果、昭和五八年六月二二日に宣告された控訴審判決においては、右第一審の有罪判決が破棄され、別紙二1ないし19の犯罪事実につき懲役一年一〇月に処する旨の判決が宣告された。なお、原告は右判決につき上告したが、昭和五九年二月一七日棄却された。

(五) 第二事件の犯罪事実のうち、別紙二1ないし10の犯罪事実は、乙山の貸金回収策の一環として、予め事務所に数百個の印鑑を用意したうえ、会社ぐるみで組織的に行われたものであり、名義冒用の対象となつた振出名義人は借主の親戚のみならず借主の近隣居住者にまで及んでいるほか、虚偽手形の一部を使用して振出名義人に対する催告状の送付や四件の手形訴訟の提起が行われていた。

また、別紙二11ないし19の犯罪事実は、乙山や甲野企業が有していた抵当権設定仮登記、根抵当権設定登記等について、第三者が権利を取得した旨の登記をすることによつてその抹消請求を困難にし、債権取立てを確保しようとの意図のもとに、登記申請の際に法令上住民票の添付が要求されていないことを奇貨として、既に死亡している人物を含め、学生時代の同窓会名簿を参考に、適当に考え出した住所、人名を用いて虚偽の登記を行つたというものである。

しかも、第二事件はいずれも第一事件の裁判手続が進行中に敢行されたものであり、殊に別紙二10及び13ないし19の犯行事実は、第一事件の第一審において有罪判決が宣告され、その控訴審係属中に行われたというものである。

(六) 原告の長男甲野一郎(昭和三五年三月二一日生まれ)は、原告が第二事件の控訴審判決の宣告を受けた直後の昭和五八年八月、不動産業や金融業を目的とする有限会社甲野産業(昭和五二年八月二九日に設立され、本店所在地は岡山県《番地略》であつたが、昭和五七年八月に原告の肩書所在地に本店を移転し、昭和六一年一一月に有限会社乙野経済センターに商号を変更した。以下「乙野経済センター」という。)の代表取締役に就任し、原告に代わつて金融業務を行うようになつた(ただし、有限会社乙野経済センターが貸金業者として登録をしたうえで金融業を営んでいた会社であるかどうかは証拠上明らかでない。)。

原告は、乙野経済センターの役員として商業登記されてはいなかつたが、右甲野一郎が大学を卒業して間もなく同社の代表者となり金融業務に携わることになつたことから、同人を補佐し助言を与えるなどして同人が行う金融業に関与することとなり、その状態は仮釈放後も同様であつた。

(七) また、原告の肩書所在地を本店所在地とする有限会社丁原商事(乙野経済センターとは別の会社である。)は、貸金業者として登録をしていた金融業者であり、甲野一郎がその代表取締役に就任していたが、同社は平成三年三月二七日にその貸金業を廃業する旨の届出をした。

なお、原告は、本件処分当時において、いずれも金融業を事業目的の一つに含み原告の肩書所在地を本店所在地とする丁原設計、甲野企業などの代表取締役に就任していた。

2  以上の事実が認められる。

ところで、原告は、乙山や丙川商事の経営者は名実ともに松夫であつて原告ではなく、第一事件に係る本件犯罪も松夫が行つたものであると主張し、本人尋問においても同趣旨の供述をしているが、《証拠略》によれば、第二事件の弁護人である黒田充治弁護士は、原告が甲野グループを形成する多数の会社を支配する実質的経営者であつて、松夫は名目的な商業登記上の代表者にすぎないこと、原告が行つていた金員の貸付業務が実際にどのように行われていたかということについて詳細に記載した昭和五七年二月一日付けの弁論要旨書を岡山地方裁判所に提出している事実が認められるのであり、右弁論要旨書の記載内容と矛盾する原告の右供述はにわかに措信し難く(したがつて、原告の右主張は失当である。)、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定したところによれば、本件犯罪は、原告が、手形や不動産登記手続に関する知識、経験を悪用し、第一事件の有罪判決(第一審)を間に挟んで多数回にわたり反復敢行した大胆かつ悪質な犯罪であり、そのような犯罪行為を繰り返した原告の遵法精神や規範意識の欠如の度合は極めて甚だしいものがあつたといわざるをえない。殊に、本件犯罪のうち虚偽の登記を作出させた行為は、不動産登記手続に関与する資格を有していた原告が自ら不動産登記制度の正確性・信頼性を踏みにじつたものであり、職業として登記手続に携わる者が犯した極めて深刻かつ悪質な犯罪であるといわなければならない。

二  本件登録拒否事由の有無について

1  法は、調査士の制度を定め、その業務の適正を図ることによつて、不動産の表示登記手続の円滑な実施に資し、不動産に係る国民の権利の明確化に寄与することを目的とし(法一条)、調査士の資格や登録の制度等を定めるとともに、調査士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならない(法一条の二)ものとしている。これは、調査士の業務が、他人の依頼を受けて、不動産の表示登記につき必要な土地・建物に関する調査、測量、申請手続等を行うことであることから(法二条)、不動産の表示登記の信頼性を保持し、不動産に関する権利の明確化及び取引の安全を確保するために、調査士に対しその業務遂行上の義務を課したものといえるが、右義務が遵守されるかどうかは、最終的には、個々の調査士の職業的な自覚に負うところが大きいといわざるをえないのであつて、法が、欠格事由(法四条)のない場合であつても、本件登録拒否事由が認められる場合には調査士登録を拒否しなければならない(法八条一項三号)としているのも、その業務の性質上、いわば当然のことということができる。そして、調査士制度が社会一般の調査士に寄せる信頼の上に成り立つものであることからすれば、本件登録拒否事由の認定を通じて行う調査士登録の適否の判断は、社会一般の調査士に対する信頼を確保するという要請をも満足させるものでなければならないことはいうまでもない。

2  ところで、本件登録拒否事由の有無の判断は、結局のところ、前述のような調査士制度の趣旨や社会通念に照らし、個々の申請者ごとに行うほかないものであるが、本件のように、一般に社会人として分別があると考えられる年齢にあつた原告が、自己の利益を図るため、登記手続に携わる職業人の品位、信用を汚す重大な犯罪を犯し、調査士に対する社会一般の信頼を著しく損なつたという場合にあつては、単に本件犯罪の刑の執行後三年を経過し調査士としての欠格事由がなくなつたとか、犯罪時から年月が経過し、その間格別の非行がなかつたというだけでは、原告につき調査士の信用又は品位を害するおそれがなくその適格性に欠けるところがないとするのに十分ではなく、さらに、原告の本件犯罪後の就業状態や生活状況、原告の本件犯罪に対する反省の度合などからみて、原告の生活態度や職業的自覚が十分に改善させているかどうかを検討し、社会一般の信頼の確保といつて点をも考慮して、原告につき右適格性(本件登録拒否事由)の有無を判断すべきであるというべきである。

3  そこで、原告について本件登録拒否事由の有無を検討する。

(一) まず、《証拠略》によれば、原告は、審査請求の段階で法務大臣に宛てて提出した陳述書において、本件犯罪は利息制限法の制限超過利息を回収するための便法が法に抵触したものであり、貸金業の規制等に関する法律が施行された後は、原告の行為は救済されることになつたと思うと述べており、また、《証拠略》によれば、原告は、口頭意見陳述の際、別紙一3及び4の犯罪事実について、一方からの委任の撤回は認められないとの考えに従つて登記を強行したのが、たまたま自分を権利者として登記手続をしたため刑事事件になつてしまつたとの弁解をしていることが認められる。このように、原告が未だに本件犯罪につき独自の見解に立つてその正当性を主張していることからすると、原告には、本件犯罪が多数回にわたり反復敢行された悪質なもので、登記手続に携わる者自らが登記制度の正確性・信頼性を踏みにじつた極めて深刻かつ重大な犯罪であるということの認識が欠けており、本件犯罪について真に反省しているとみることには疑問があるといわざるをえない。

(二) 次に、原告は、その本人尋問において、別紙二1ないし10の犯罪事実については、事前に高木尊之弁護士に相談し、貸主が所持するだけであれば「行使の目的」がなく、借主から偽造手形の交付を受けても違法にならない旨の口頭及び文書による説明を受けていたから、それら犯罪行為につき違法の意識がなかつたかのような供述をしているが、既に認定したとおり、原告はそれら偽造手形を所持していただけでなくその一部を使用して催告や手形訴訟の提起をしているのであり、しかも、弁護士が右のような助言をしてそれを文書化することなど通常考えられないのであつて、原告の右供述は到底措信できるものではなく、かかる弁解を試みる原告の態度は、自己の非を認めず責任を他に転化しようとするものであり、この点からも原告が本件犯罪を真摯に反省しているといえるか疑問であるといわなければならない。

(三) また、原告は、その本人尋問において、本件犯罪は司法書士や調査士の業務とは関係がないとか、別紙二11ないし19の犯罪によつて作出された登記は訴訟になれば容易に抹消できるなどと供述しているが、本件犯罪が登記手続に携わる者による職業的犯罪であることは誰の目にも明らかであり、また、架空名義人の登記の抹消手続は、訴訟を利用すると否とにかかわりなく極めて繁雑であることは論をまたないし、そもそも訴訟によつて抹消しなければならない不実の登記を故意に作出したということ自体が、司法書士や調査士という職業の信用を著しく失墜させる重大な犯罪行為であるというべきであるのに、右のような原告の供述からは、それら職業にあつた者としての職業的自覚を全く窺うことができない。

(四) なお、原告は、その本人尋問において、刑務所係官や更生保護委員会委員から、原告が被害者であるのにどうして有罪判決を受けたのかなどという言葉をかけられ、更生保護委員会委員からは「再審請求を行うのか」という問いかけまであつたもので、自分としても、なぜ本件犯罪が刑事事件として取り上げられたのか腑に落ちない気持ちであるとの趣旨の供述をしているが、受刑者に犯罪を反省させその更生を促す立場にある刑務所係官や更生保護委員会言委員が右のような発言を行うとは、およそ考え難いところであつて、原告の右供述はたやすく措信することができない。原告が、何ゆえに、このような不合理な弁解をしてまで既に刑の執行を終えた過去の犯罪を正当化する必要があるのか理解し難いが、少なくとも本法廷において右のような供述をすること自体、原告が、服役後もなお、本件犯罪を司法書士及び調査士の業務に対する社会的な信用を著しく傷付けた深刻かつ悪質な犯罪であつたと受け止めていないことを示すものであるといわざるをえない。

(五) さらに、原告が第二事件の控訴審判決後も金融業とのかかわりを一切断つたわけでないことは前記認定のとおりであるが、本件においては、本件処分当時の原告の就業状態や生活状況が必ずしも明らかではない。すなわち、原告は、丁原設計の経営に携わり、同社において年平均七〇〇〇万円から八〇〇〇万円の利益をあげている旨主張しているが、《証拠略》によると、原告は、丁原設計の代表者として同社の確定申告をしていないというのであり、しかも、仮釈放後は現在まで甲野企業から月々三〇万円の給与を得ているだけであるというのであつて、原告が丁原設計の業務において日常どのような役割を果たしているのかといつたことについては全く明らかとなつていないし、また、原告は、《証拠略》の中では、昭和五五年以降、金融業の傍ら司法書士・調査士の丙山春夫事務所の手伝として、登記・測量・設計等の業務に携わつていたと述べているものの、丙山春夫の手伝をしていたという点については、原告自身がその本人尋問において否定しているところであるから、結局のところ、本件処分当時、原告の就業状態や生活状況が調査士としてふさわしい程度に堅実なものであつたかどうかについても的確に判断することができないといわざるをえないのである。

4  右3(一)ないし(五)で検討したところからすれば、原告は、未だに本件犯罪を真摯な態度で省みておらず、本件犯罪の深刻さや重大さについて一般社会人として正しい認識を有しているとはいえないのであつて、このような原告の態度に加え、原告の就業状態や生活状況が明らかでないことを考えると、本件処分当時において、原告の生活態度や調査士としての職業的自覚が十分に改善されていることが明らかであるとは到底いえず、原告には本件登録拒否事由があると認めるのが相当である。

三  本件処分の適法性について

以上のとおりであるから、原告について本件登録拒否事由があるとの判断のもとに本件申請に係る登録を拒否した本件処分には法八条一項三号の解釈適用を誤つた違法はなく、本件処分は適法である。

四  結論

よつて、本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰 均 裁判官 武田美和子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例